「自分が作りたかった…」プロ調香師が嫉妬し、最高峰と認める名香10選:処方の何がそんなに凄いのか?
調香師(香りの処方を組み立てる専門家)にインタビューすると、よく聞かれる質問があります。「ほかの人の香水で、自分が作りたかったものは?」。答えはさまざまですが、何度も名前が挙がる香水があります。この記事では、英国のマリ・クレールやシンガポールのハーパーズ バザーが集めた調香師たちの答えと、評論家ルカ・トゥリンの言葉をもとに、プロが認める10本を選びました。何がそんなに凄いのかを、香料の名前ごとにひもときます。
2026.10.24 · 10分で読めます

調香師は何を見て「凄い」と思うのか
香水好きが「いい香り」と感じるとき、プロの調香師はその奥にある処方(どの香料をどれだけ混ぜるかの設計図)を見ています。少ない材料で大きな効果を出しているか。それまでなかった香りの型を生んだか。何十年たっても古びないか。
ちなみに、エルメスの専属調香師だったジャン=クロード・エレナは、2012年のインタビューで「ほかの調香師の作品で、自分が作りたかったものはあるか」と聞かれ、ひとこと「ない」と答えています。そんな質問にも、多くの調香師は素直に名前を挙げてくれます。
名香に共通する3つの凄さ
- 新しい型を発明した(その後の香水の「お手本」になった)
- 少ない香料で、大きくはっきりした印象をつくった
- ひとつの香料を大胆に使い、その素材の新しい顔を見せた
1〜3本目:ゲランとディオール、香水の「型」をつくった3本
1. ゲラン「ミツコ」(1919年、ジャック・ゲラン)
ミツコは、フルーティ・シプレ(柑橘と苔を土台にしたシプレという型に、果物の香りを重ねたもの)の代表作です。シプレの型は、1917年のコティ「シプレ」で広まりました。ベルガモット(柑橘の皮の、苦みのある爽やかな香り)、ラブダナム(樹脂のような深く甘い香り)、オークモス(樫の木につく苔の、しっとりした森の香り)を組み合わせた型です。
ゲランはここに、ガンマ・ウンデカラクトン(熟した桃のような、なめらかな香りの合成香料)を重ねました。苔の暗さと桃のやわらかさが同時に香る。その対比が、のちの多くの香水のお手本になりました。英国の調香師ルース・マステンブロクは「自分が作った香水だったらよかったのに、と思う気持ちがある」と語り、評論家ルカ・トゥリンとタニア・サンチェスは、ふたりとも「いちばん好きな香水」にミツコを挙げています。
2. ゲラン「シャリマー」(1925年、ジャック・ゲラン)
シャリマーは1921年につくられ、1925年に発売されました。主役はエチルバニリン(バニラの香り成分に似た、より強く甘い合成香料)です。そこにアイリス(スミレに似た粉っぽい香りの根)と、オポポナックス(甘くスモーキーな香りの樹脂)が重なります。
香水評論家ヴィクトリア・フロロヴァは、発売当初の処方ではベルガモット(柑橘の皮の、苦みのある爽やかな香り)が最大30%ほど入っていたと書いています。明るい柑橘が、重く甘いバニラにぶつかる。そのコントラストが、オリエンタル(樹脂やバニラの甘く濃厚な香り)という系統の手本になりました。調香師ジャック・シャベールも、作りたかった香水のひとつにシャリマーを挙げています。
3. ディオール「オー ソバージュ」(1966年、エドモン・ルドニツカ)
オー ソバージュの凄さは、ヘディオン(ジャスミンに含まれる、透明な光と空気感を生む香気成分)にあります。ヘディオンは1957〜1962年にスイスの香料会社フィルメニッヒで研究・合成された香料で、英語版ウィキペディアは「ヘディオンを使って商業的に成功した最初の香水」としてオー ソバージュを挙げています。英国ブリストル大学の解説では、ルドニツカはヘディオンを約2.5%使ったとされます。
ヘディオン(透明な空気感を生むジャスミンの香気成分)は、それ自体は弱くほのかな香りです。でも柑橘やハーブと合わせると、香り全体がふわっと広がって明るくなります。いまでは数えきれない香水に使われていますが、その使い方を最初に示したのがこの1本でした。ルドニツカは、のちにジャン=クロード・エレナが師と仰いだ調香師でもあります。
4〜5本目:ロピオンとエレナ、正反対の天才
4. フレデリック マル「ポートレイト オブ ア レディ」(2010年、ドミニク・ロピオン)
ポートレイト オブ ア レディは、ローズ(バラの花の香り)を、パチュリ(湿った土のような深い香りの葉)とインセンス(乳香などの、お寺のような煙の香り)で支えた香りです。米国の美容メディア、ザ・ゾーイ・リポートは「100mLのボトル1本にトルコのバラ400本分が使われているそうだ」と紹介しています。
たっぷりのバラを、暗く重い素材で受け止める。それでも濁らず、ひとつの大きな建物のように香りが立ち上がるのが、ロピオンの設計の見事さです。2026年には米国 FiFi 賞の殿堂入り(長く愛された名香をたたえる部門)を果たしました。香水ブランドの創業者ジャスティン・マクラモアは、この香りを「わたしが傑作だと思う数少ない香水のひとつ」と呼んでいます。
5. エルメス「テール ドゥ エルメス」(2006年、ジャン=クロード・エレナ)
ロピオンが「積み上げる」調香師だとすれば、エレナは「削る」調香師です。テール ドゥ エルメスには、オレンジとグレープフルーツ(苦みのある柑橘)、ペッパー(胡椒)、フリント(火打ち石のような、乾いた鉱物の香り)、シダーウッド(鉛筆のような乾いた木の香り)、ベチバー(土と煙を思わせる草の根)などが使われています。
エレナは、香りを肌の上で覆ってしまうとして、ムスク(肌のぬくもりのような甘い香り)を入れなかったと語っています。別の香水について「とても単純な処方です。とても単純」と話しているように、少ない材料で、大地と鉱物の景色をはっきり描くのがエレナの流儀です。フィルメニッヒの調香師フランク・フォルクルは、この香りを「革新的で、しかも時代を超えて記憶に残る」と評しています。
6〜7本目:1992年、香水の流れを変えた2本
6. イッセイ ミヤケ「ロードゥ イッセイ」(1992年、ジャック・キャヴァリエ)
ロードゥ イッセイは、ロータス(蓮の花のみずみずしい香り)を最初に香らせる、水のように透明な花の香りです。鍵になったのはカロン(スイカや潮風を思わせる、みずみずしい合成香料)。カロンは1966年に製薬会社ファイザーが見つけた香料で、キャヴァリエは、これを「水」や「海」を感じさせる香水に使った最初期の調香師のひとりとされます。
1990年代には、カロン(スイカや潮風のような合成香料)を使ったマリン(海や水を思わせる香り)系の香水が次々に生まれました。調香師オーレリアン・ギシャールも、作りたかった香水にロードゥ イッセイを挙げています。2011年には米国 FiFi 賞の殿堂入りを果たしました。
7. ティエリー ミュグレー「エンジェル」(1992年、オリヴィエ・クレスプ)
エンジェルは、英語版ウィキペディアで「最初の現代的なグルマン(お菓子のように甘い、食べもの系の香り)」と説明されています。パチュリ(湿った土のような深い香りの葉)、プラリネ(ナッツを砂糖で煮つめたお菓子)、赤い果実、バニラを組み合わせた香りです。
香水批評サイト、カフルールボンのエルマノ・ピッコは、鍵になった素材としてエチルマルトール(綿あめやキャラメルのような甘い合成香料)を挙げています。花の香りが主役だった時代に、お菓子のような甘さと土っぽいパチュリをぶつけた大胆さが、香水の新しい系統を生みました。2007年に米国 FiFi 賞の殿堂入り、2012年には英国でも殿堂入りしています。
8〜10本目:バカラ、セルジュ・ルタンス、シャネルの「素材を見せる」技
8. メゾン フランシス クルジャン「バカラ ルージュ 540」(フランシス・クルジャン)
バカラ ルージュ 540 は、もともとクリスタルの老舗バカラの創業250周年のために、2013年に依頼された香りです。2014年秋に、クリスタルのボトル入りの限定品として3,000ユーロで売られました。クルジャンは「香水を一から最後まで、完全に自由につくれた初めての機会だった」と語っています。
英語版ウィキペディアは、主な香料としてヘディオン(透明な空気感を生むジャスミンの香気成分)、アンブロキサン(アンバーグリスに似た、温かく塩気のある木のような合成香料)、シダーウッド(鉛筆のような乾いた木の香り)、サフラン(スパイスとして知られる、革のような香りの花のめしべ)を挙げています。バカラの公式ページはジャスミン、サフラン、アンバーグリス(マッコウクジラ由来の、温かく甘い動物性の香り)、シダーウッドと説明しています。透明で軽いのに、遠くまで長く香る。その不思議な空気感が、少ない骨組みの素材から生まれています。
9. セルジュ・ルタンス「フェミニテ デュ ボワ」(1992年、ピエール・ブルドン/クリストファー・シェルドレイク)
フェミニテ デュ ボワは1992年に資生堂から発売され、2009年にセルジュ・ルタンスのブランドへ戻りました。中心にあるのはアトラスシダー(モロッコのアトラス山脈に育つ杉の仲間。乾いた甘い木の香り)です。ルタンス本人は、香りの60%が杉を含む木の香料で、「もっと杉を、もっと杉を。森がほしい」と注文したと語っています。
この木の香りを、プラム(すもも)やクローブ(丁子:甘くスパイシーな香りのつぼみ)、シナモンでやわらげています。ルカ・トゥリンは「現代香水の歴史の里程標」と呼び、フィルメニッヒの調香師ガブリエラ・チェラリウは「はっきりとウッディ(木の香り)な、初めての女性向け香水」と評しました。木の香りは男性のもの、という思い込みを変えた1本です。
N°19 は、ココ・シャネルの誕生日8月19日にちなんで名づけられました。主役はガルバナム(切ったばかりの茎のような、鋭く青い香りの樹脂)と、アイリス(スミレに似た粉っぽい香りの根)です。冷たく青い緑と、粉っぽい上品さを組み合わせた、グリーン(草や葉の青々しい香り)系の頂点とされる香りです。
シコモアは、シャネルの公式サイトで「1930年にガブリエル・シャネルがつくった」と紹介されているベチバー(土と煙を思わせる草の根)の香りです。現在のシコモアは、2008年にジャック・ポルジュらが現代の香水として出し直した版です。ひとつの素材を深く掘り下げる、シャネルらしい1本です。
10本を並べてわかること
プロが認める名香10本
10本の香水(このサイトのページ)











10本に共通するのは、どれも「何かを足した」だけでなく「何かを思いきって大きく使った」香りだということです。桃の香料、エチルバニリン、ヘディオン、カロン、エチルマルトール、アトラスシダー。ひとつの素材を主役に押し上げる勇気が、調香師たちを「自分が作りたかった」とうならせるのでしょう。気になった1本は、まず肌で試してみてください。
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出典(30)
- Marie Claire UK「11 Perfumers On The Scents They Wish They Created(2024年9月)」
- Harper's Bazaar Singapore「The 10 Fragrances Master Perfumers Wish They'd Created(2023年9月)」
- Now Smell This「Perfumes: The Guide, Q&A with Luca Turin & Tania Sanchez, part 2(2008年)」
- Persolaise「The Enigmatic Illusionist: interview with Jean-Claude Ellena(2012年)」
- Wikipedia(英語版)「Mitsouko」
- Wikipedia(英語版)「Chypre」
- Bois de Jasmin「The Beautiful Lactones of Peaches, Cream and White Flowers」
- Wikipedia(英語版)「Shalimar (perfume)」
- Bois de Jasmin「Inside a Masterpiece: Guerlain Shalimar(2025年11月)」
- Wikipedia(英語版)「Methyl dihydrojasmonate」
- University of Bristol School of Chemistry「Hedione(Molecule of the Month, 2025年2月)」
- Marie Claire(米国版)「Jean-Claude Ellena, Hermès interview(2014年5月)」
- The Zoe Report「Frédéric Malle Portrait of a Lady fragrance」
- The Fragrance Foundation「Awards Archive 2026(米国フレグランス・ファウンデーション・アワード 2026年の受賞一覧)」
- Wikipedia(英語版)「Terre d'Hermès」
- Wikipedia(英語版)「L'Eau d'Issey」
- Wikipedia(英語版)「Jacques Cavallier」
- Wikipedia(英語版)「Calone」
- Wikipedia(英語版)「Angel (perfume)」
- CaFleureBon「Modern Masterpieces: Thierry Mugler Angel(Ermano Picco, 2016年3月)」
- The Fragrance Foundation UK「2012 Winners」
- Wikipedia(英語版)「Baccarat Rouge 540」
- Dazed「Francis Kurkdjian on Baccarat Rouge 540」
- Baccarat「Baccarat Rouge 540 Eau de Parfum」
- Hunger「Serge Lutens: 30 years of Féminité du Bois」
- Kafkaesque「Serge Lutens Féminité du Bois(2014年4月)」
- CHANEL「The History: 1970」
- Wikipedia(英語版)「Chanel No. 19」
- CHANEL「SYCOMORE Les Exclusifs de CHANEL」
- Kafkaesque「Chanel Les Exclusifs Sycomore: mighty vetiver(2013年1月)」
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