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Serge Lutensセルジュルタンスの香水

ブランドの物語

14歳でリールの美容室に弟子入りした少年は、ディオールのメイクを手がけ、資生堂のイメージをつくり、やがて“自分の名の香水”にたどり着きました。

2000年創業パリ(パレ・ロワイヤル)創業者 セルジュ・ルタンス香水を見る(63)↓

セルジュ・ルタンスは1942年、フランス北部のリール生まれ。14歳で地元の美容室に見習いとして入り、その時期を「美を三次元でとらえる目を養った大切な時間」と振り返っています。友人をモデルにメイクと写真を試し、1962年にパリへ。『ヴォーグ』でメイクやヘア、ジュエリーを手がけ、リチャード・アヴェドンやアーヴィング・ペンといった写真家と仕事をしました。

1968年、クリスチャン・ディオールに招かれてメイクの開発を担い、その仕事は12年以上続きます。1980年には資生堂と契約し、ヨーロッパ進出に合わせたイメージづくりを担当。以後およそ20年、資生堂の世界的なビジュアルを形づくりました。

転機は1992年。資生堂はパリのパレ・ロワイヤルに「レ・サロン・デュ・パレ・ロワイヤル・シセイドー」を開き、ルタンスが手がけたベル型ボトルの香水を売り始めます。同じ年に出た「フェミニテ・デュ・ボワ」は、シダーを軸にした香りで、当時の香水の流れとはまったく違うものでした。

2000年には自身の名を冠したブランドを立ち上げ、2001〜2004年には4年連続でFiFi賞(ベスト・オリジナル・コンセプト)を受賞。2015年に資生堂が商標を取得したあとも、ルタンスはクリエイティブ・ディレクターを続けています。いまはモロッコのマラケシュで暮らしています。

国フランス
公式サイト ↗
創業
2000年

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香水

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