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Column · 素材の話

イソ E スーパーと現代の合成香料

なめらかで、ウッディで、どこかベルベットのよう。そんな香りの合成香料がイソ E スーパーです。「史上もっとも成功した合成香料」とも呼ばれるこの素材を入り口に、いまの香水を支える合成香料をのぞいてみましょう。

2026.10.22 · 5分で読めます

長い時間をかけた誕生

イソ E スーパーの物語は、1950年代にさかのぼります。1956年ごろ、香料会社ドラゴコのギュンター・オーロフが、ウッディな香りを持つ化合物の研究を始め、ドラゴコが特許を取りました。1959年には、ジボダンのギャリー・キッチンズが別の異性体で特許を取ります。1968年、フィルメニッヒに移ったオーロフは、のちのイソ E にあたる物質の構造式を発表しましたが、このときは特許を取りませんでした。

そして1973年、IFF のジョン・ホールとジェームズ・ミルトン・サンダースが同じ化合物をつくり、1975年に特許が認められます。「イソシクレモン E」、略して「イソ E」と名づけられ、最初に使われた香水は同じ1975年の「ホルストン」でした。その後 IFF は、特許にあった特定の異性体を多く含むものへと生産を移し、「イソ E スーパー」として売り出します。1990年にはジボダンがさらに改良を加え、「イソ E スーパー プラス」が生まれました。

イソ E スーパーの年表

  1. 1956ごろ

    ドラゴコのオーロフがウッディな化合物の研究を始める

  2. 1959

    ジボダンのキッチンズが別の異性体で特許

  3. 1968

    フィルメニッヒでオーロフが構造式を発表

  4. 1973

    IFF のホールとサンダースが同じ化合物をつくる

  5. 1975

    特許が認められ、香水ホルストンで初めて使われる

  6. 1990

    ジボダンがイソ E スーパー プラスを開発

  7. 2006

    モレキュール 01 が誕生

ベルベットのような香り

IFF はイソ E スーパーの香りを、「なめらかで、ウッディで、アンバーのよう。ベルベットのような独特の感触」と表しています。肌や布の上で長く香り続けるのも特徴です。

面白いのは、その中身です。製品のイソ E スーパーは、20種類を超える異性体(同じ原子でできていて、形だけが違う分子)の混ざりものです。いちばん多く含まれるベータ体はほとんど香りがなく、特徴的な香りは、ほんの数%しか含まれないガンマ体(アーボロン)から来ています。ひとつの名前の下に、たくさんの分子がいっしょに暮らしているのです。

1980年代の終わりから、イソ E スーパーは香水の定番になり、使われる量もどんどん増えていきました。その変化は、数字で見るとよくわかります。

イソ E スーパーを多く使った香水

イソ E スーパーを多く使った香水
香水年配合
ディオール ファーレンハイト198825%
ランコム トレゾア199018%
フェミニテ デュ ボワ199243%
テール ドゥ エルメス200655%
ペルル ドゥ ラリック200680%
モレキュール 012006薄めたイソ E スーパーのみ

トレゾアでは、調香師ソフィア・グロイスマンによる、メチルイオノン、ヘディオン、イソ E スーパー、ガラクソリドを20%ずつ合わせた有名なアコードの一部にもなりました。

ひとつの分子だけの香水

2006年、ドイツの調香師ゲザ・シェーンは、ひとつの分子に焦点を当てたブランド「エセントリック・モレキュールズ」を立ち上げました。その最初の一本モレキュール 01は、薄めたイソ E スーパーだけでできた香水です。同じ年には、姉妹作のエセントリック 01も発表されています。

同じ2006年3月には、ジャン=クロード・エレナによるテール ドゥ エルメスも発表されています。大地を思わせるウッディな香りの骨格を支えているのが、配合の55%を占めるイソ E スーパーです。合成香料が、香りの脇役から主役へと変わっていった時代を象徴する二本といえるでしょう。

現代の香水を支える合成香料

イソ E スーパーのほかにも、いまの香水には欠かせない合成香料がいくつもあります。ヘディオンは、ジャスミンに似た香りを持つ素材。フィルメニッヒのエドゥアール・ドゥモールが、1957〜1962年にジャスミンアブソリュートの中で特定し、合成しました。1966年のエドモン・ルドニツカによるディオール オー ソバージュで、初めて商業的な成功をおさめました。名前はギリシャ語の「快楽(ヘドネー)」から来ています。

カロンは1966年にファイザーで見つかった素材で、「スイカケトン」の呼び名もあります。1980年代から使われ、1990年代のマリン系の香水ブームを支えました。カシュメランは1970年代に IFF のジョン・ホールが見つけた素材で、配合はふつう2%ほど。ガラクソリドは IFF の商品名で知られる合成ムスク。1956年に初めて合成され、1960年代の後半から柔軟剤や洗剤にも使われてきました。清潔で甘い、ムスクの香りです。

一方で、使えなくなった素材もあります。スズランの香りを出す合成香料として使われてきたリリアール(これもアルデヒドの仲間です)は、動物実験で生殖への毒性が見つかり、2022年3月から EU で化粧品への使用が禁止されました。いまは安全な代わりの素材が使われています。合成香料の世界は、新しい発見と、安全性の見直しを繰り返しながら変わり続けています。

現代のおもな合成香料

現代のおもな合成香料
素材生まれひとこと
イソ E スーパーIFF・1973ウッディ、アンバー、ベルベット
ヘディオンフィルメニッヒ・1957〜1962ジャスミンのような透明感
カロンファイザー・1966海とスイカを思わせる
カシュメランIFF・1970年代配合はふつう2%ほど
ガラクソリド1956年に合成清潔で甘いムスク

まとめ

  • イソ E スーパーは1973年に IFF で誕生。1975年のホルストンで初めて使われた
  • 香りの主役は、ほんの数%しか含まれないガンマ体(アーボロン)
  • モレキュール 01 は、薄めたイソ E スーパーだけでできた香水
  • ヘディオン、カロン、カシュメラン、ガラクソリドも現代の香水を支えている
出典(8)
確認日 2026.10.22。年代や数字には諸説あるものもあります。