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Column · 香水の歴史

合成香料と近代香水の誕生 フジェール・ロワイヤル、ジッキー、No.5

19世紀の終わり、香水の世界に大きな転機が訪れます。化学者が実験室でつくり出した「合成香料」の登場です。花や樹からは取り出せない香り、自然にはない香りが使えるようになり、香水は素材の写しから、調香師が組み立てる「作品」へと変わっていきました。

2026.10.22 · 4分で読めます

フジェール・ロワイヤルと「シダの香り」

パリの香水商ウビガンは1775年に創業した老舗です。そのウビガンから1882年に発表されたのが、調香師ポール・パルケのフジェール・ロワイヤル。合成でつくられた香料クマリンを使った、近代香水の先駆けとされる一本です。クマリンはトンカビーンにも含まれる、干し草のような甘い香りの成分です。

「フジェール」はフランス語でシダのこと。シダの香りを写したものではなく、シダの茂る森のような印象を名前にした香りです。この香水から、ラベンダーやクマリンを軸にした香りの系統がフゼア(fougère)と呼ばれるようになりました。ひとつの香水が、香りのジャンルの名前になったのです。

ジッキー 1889年のゲラン

1889年、ゲランのエメ・ゲランが発表したのがジッキーです。天然の香料に合成の香料を組み合わせた初期の香水のひとつとして、香水史で必ず名前が挙がります。130年以上たったいまも販売が続いていることも、この香水の特別さを物語っています。

ジッキーは、ひとつの花の香りをなぞらない「抽象的な」香りの最初の例ともいわれます。スパイス、レモン、ラベンダー、ウッド、バニラが重なる構成で、ボトルの栓はシャンパンのコルクの形。名前は、エメの甥で、のちにシャリマーを手がける調香師ジャック・ゲランの愛称だったと伝えられています。

シャネル No.5 5番目の小瓶

1921年5月5日に発売されたシャネルの No.5 は、調香師エルネスト・ボーの作品です。ボーが用意した試作は1〜5番と20〜24番。ココ・シャネルが選んだのが「5番」で、その番号がそのまま名前になりました。

No.5 の特徴として知られるのが、合成香料のアルデヒドをたっぷり使ったことです。特定の花をなぞるのではなく、花々を抽象化したような香りは、当時としては新しいものでした。原料のジャスミンやチュベローズは、南フランスのグラース近く、シアーニュ川の谷で育てられた花が使われています。

No.5 が生まれる前、女性の香りは大きく二つに分かれていたといわれます。品のよい女性は庭の花ひとつの香りを好み、動物性のムスクやジャスミンを強く効かせた官能的な香りは、別の世界の女性のものとされていました。シャネルが求めたのは、1920年代の自由な女性たちにふさわしい、そのどちらでもない新しい香りでした。

1924年には香水会社パルファム・シャネルが設立され、No.5 は世界的な香水になっていきます。1980年代にはジャック・ポルジュによるオードパルファムも登場しました。

この会社は、香水会社ブルジョワを率いていたヴェルタイマー兄弟と組んでつくられました。製造や販売を兄弟が引き受け、持ち分は兄弟が70%、仲介したデパート、ギャラリー・ラファイエットの創業者バデールが20%、名前を貸したシャネル自身は10%。シャネルはのちに、この取り決めをめぐって長く争うことになります。

ボトルも新しさの一部でした。当時はラリックやバカラによる装飾的なクリスタルの香水瓶が流行していましたが、シャネルが求めたのは「純粋な透明さ」。1922年の最初のボトルは肩の丸い繊細な形でしたが、輸送に耐えられるよう1924年に角を面取りした四角い形に改められ、それ以来ほとんど変わっていません。1980年代半ばには、アンディ・ウォーホルがこのボトルをシルクスクリーンのポップアート作品にしています。

天然と合成は、どちらが上?

「合成」と聞くと安物のように感じるかもしれませんが、香水の世界では事情が違います。合成香料があったからこそ、アルデヒドを大胆に使った No.5 のような、それまでにない香りが生まれました。

さらに合成香料は、資源を守る役割も担っています。たとえば白檀(サンダルウッド)の代わりに使われるサンダロール(ジボダン)やポリサントール(フィルメニッヒ)。動物から採っていたムスクやアンバーグリスも、いまではほとんどが合成の香料に置き換わっています(ムスクの話、龍涎香の話)。

ブリタニカ百科事典によれば、上質な香水には100を超える原料が使われることもあります。香りはトップ・ミドル・ベースの3つの層に分けて組み立てられ、時間とともに表情を変えていきます。その設計図を描くのが調香師の仕事です。

近代香水の年表

  1. 1775

    パリでウビガン創業

  2. 1882

    フジェール・ロワイヤル(ポール・パルケ)。クマリンを使用

  3. 1889

    ジッキー(エメ・ゲラン)

  4. 1921

    シャネル No.5 発売(エルネスト・ボー)

  5. 1924

    パルファム・シャネル設立

  6. 1980年代

    No.5 オードパルファム(ジャック・ポルジュ)

まとめ

  • フゼアの名はフジェール・ロワイヤルから、シプレーの名はコティの「シプレ」から
  • No.5 は1921年、5番目の試作から生まれた
  • 合成香料は「代用品」ではなく、新しい香りと資源保護の両方を担っている
出典(5)
確認日 2026.10.22。年代や数字には諸説あるものもあります。