合成香料と近代香水の誕生 フジェール・ロワイヤル、ジッキー、No.5
19世紀の終わり、香水の世界に大きな転機が訪れます。化学者が実験室でつくり出した「合成香料」の登場です。花や樹からは取り出せない香り、自然にはない香りが使えるようになり、香水は素材の写しから、調香師が組み立てる「作品」へと変わっていきました。
2026.10.22 · 4分で読めます

フジェール・ロワイヤルと「シダの香り」
ジッキー 1889年のゲラン
シャネル No.5 5番目の小瓶
1921年5月5日に発売されたシャネルの No.5 は、調香師エルネスト・ボーの作品です。ボーが用意した試作は1〜5番と20〜24番。ココ・シャネルが選んだのが「5番」で、その番号がそのまま名前になりました。
No.5 の特徴として知られるのが、合成香料のアルデヒドをたっぷり使ったことです。特定の花をなぞるのではなく、花々を抽象化したような香りは、当時としては新しいものでした。原料のジャスミンやチュベローズは、南フランスのグラース近く、シアーニュ川の谷で育てられた花が使われています。
No.5 が生まれる前、女性の香りは大きく二つに分かれていたといわれます。品のよい女性は庭の花ひとつの香りを好み、動物性のムスクやジャスミンを強く効かせた官能的な香りは、別の世界の女性のものとされていました。シャネルが求めたのは、1920年代の自由な女性たちにふさわしい、そのどちらでもない新しい香りでした。
1924年には香水会社パルファム・シャネルが設立され、No.5 は世界的な香水になっていきます。1980年代にはジャック・ポルジュによるオードパルファムも登場しました。
この会社は、香水会社ブルジョワを率いていたヴェルタイマー兄弟と組んでつくられました。製造や販売を兄弟が引き受け、持ち分は兄弟が70%、仲介したデパート、ギャラリー・ラファイエットの創業者バデールが20%、名前を貸したシャネル自身は10%。シャネルはのちに、この取り決めをめぐって長く争うことになります。
ボトルも新しさの一部でした。当時はラリックやバカラによる装飾的なクリスタルの香水瓶が流行していましたが、シャネルが求めたのは「純粋な透明さ」。1922年の最初のボトルは肩の丸い繊細な形でしたが、輸送に耐えられるよう1924年に角を面取りした四角い形に改められ、それ以来ほとんど変わっていません。1980年代半ばには、アンディ・ウォーホルがこのボトルをシルクスクリーンのポップアート作品にしています。
天然と合成は、どちらが上?
「合成」と聞くと安物のように感じるかもしれませんが、香水の世界では事情が違います。合成香料があったからこそ、アルデヒドを大胆に使った No.5 のような、それまでにない香りが生まれました。
さらに合成香料は、資源を守る役割も担っています。たとえば白檀(サンダルウッド)の代わりに使われるサンダロール(ジボダン)やポリサントール(フィルメニッヒ)。動物から採っていたムスクやアンバーグリスも、いまではほとんどが合成の香料に置き換わっています(ムスクの話、龍涎香の話)。
ブリタニカ百科事典によれば、上質な香水には100を超える原料が使われることもあります。香りはトップ・ミドル・ベースの3つの層に分けて組み立てられ、時間とともに表情を変えていきます。その設計図を描くのが調香師の仕事です。
近代香水の年表
1775
パリでウビガン創業
1882
フジェール・ロワイヤル(ポール・パルケ)。クマリンを使用
1889
ジッキー(エメ・ゲラン)
1921
シャネル No.5 発売(エルネスト・ボー)
1924
パルファム・シャネル設立
1980年代
No.5 オードパルファム(ジャック・ポルジュ)
まとめ
- フゼアの名はフジェール・ロワイヤルから、シプレーの名はコティの「シプレ」から
- No.5 は1921年、5番目の試作から生まれた
- 合成香料は「代用品」ではなく、新しい香りと資源保護の両方を担っている
この記事に出てくる
出典(5)
- Wikipedia(英語版)「Houbigant」
- Wikipedia(英語版)「Jicky」
- Wikipedia(英語版)「Chanel No. 5」
- Wikipedia(日本語版)「香水」
- Encyclopaedia Britannica「perfume」







