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Column · 香りの産地

香水の都グラース 革なめしの町が花の町になるまで

カンヌから内陸へ少し入った丘の町、グラース。「香水の都」と呼ばれるこの町は、もともと革をなめす職人の町でした。においのきつい革に香りをつけたことから始まった物語は、いまユネスコの無形文化遺産として世界に認められています。

2026.10.22 · 4分で読めます

はじまりは革の町

中世のグラースは革なめしで栄えた町でした。町を流れる小さな運河のまわりで、12世紀ごろから革の仕事が発達します。ところが、なめした革には独特の強いにおいが残ります。手袋を身につける貴族たちには、それがどうにも不評でした。

そこで生まれたのが香り付きの革手袋です。グラースの革職人ジャン・ド・ガリマールは香りをつけた手袋をカトリーヌ・ド・メディシスに贈り、彼女はその贈り物を気に入ったと伝えられています。ルネサンス期、イタリアから来た王妃の一行とともに新しい流行がフランスにもたらされ、グラースの職人たちは手袋や鞄に香りをつけるようになりました。

1614年には、国王が「手袋香水商」という新しい同業組合を認めます。革の町が、香りの町へと舵を切った瞬間でした。

花の町へ

17世紀は手袋香水商の全盛期でしたが、革への重い税やニースとの競争で、グラースの革産業はやがて衰えます。代わりに町を支えたのが、まわりの丘で育つ花でした。ラベンダー、ギンバイカ(マートル)、ジャスミン、ローズ、オレンジブロッサム、ミモザ。こうした香り高い花々が、グラースを「世界の香水の都」にしていきます。

ジャスミンは、16世紀にムーア人によって南フランスにもたらされたといわれます。水に恵まれていたことも大きく、1860年にはシアーニュ川から灌漑用の運河が引かれました。

花の収穫量は1905年に600トン、1940年代には年に5,000トンに達しました。現在収穫されるジャスミンは年に27トンほど。量は減りましたが、ディオールやシャネルのような大きなメゾンが、いまもグラースの近くにローズとジャスミンの畑を持っています。

20世紀には合成香料の登場で、香水は手の届くものになり、香りの技術はシャンプーや洗剤、食品の香りづけにまで広がりました。1960〜70年代には、シリスやロティエといった地元の家族経営の工場が国際的な大企業に次々と買収され、生産の多くが海外へ移っていきます。それでもグラースは、精油やコンクリート、アブソリュート、レジノイドといった天然香料と、香水の原液(コンサントレ)づくりの拠点であり続けています。

いまもグラースとその周辺では、約60の会社が3,500人を雇い、さらに約1万人の住民が間接的に香水産業にかかわっています。町の事業税のほぼ半分は香水関連の産業からで、観光やサービス業を上回るほど。多くの調香師がこの町で修業し、2,000種類を超える香りを嗅ぎ分ける訓練を積んできました。ジャン=クロード・エレナやオリヴィエ・クレスプも、グラースゆかりの調香師です。

グラースとその周辺

グラースカンヌニースモナコマルセイユ地中海
  • グラース 香水の都。丘の上の町
  • カンヌ 海沿いの町
  • ニース 17世紀、革産業で競合
略図・陸地: Natural Earth

町に残る香水商

グラースには、見学できる古い香水工房がいくつも残っています。

グラースの主な香水商と施設

グラースの主な香水商と施設
名前始まりひとこと
ガリマール1747年フランス最古の香水商とされる
モリナール1849年瓶にバカラやラリックのガラスを使った
フラゴナール1926年町で最も古い工場のひとつで創業
国際香水博物館1989年開館5,000年の香水の歴史とグラースの貢献を紹介

毎年8月のはじめにはジャスミン祭り(Fête du Jasmin)が開かれます。第1回は1946年8月3〜4日。5月には国際的なバラの展示会「エクスポ・ローズ」もあります。花の季節に合わせて訪ねると、町そのものが香っているように感じられるはずです。

祭りの日には、飾りつけた山車が町を走り、花が観客に投げられます。町の中心はジャスミンの花輪で彩られ、消防隊が消防車にジャスミンの香りの水を満たして人々に吹きかけるのが名物です。11世紀に創建されたノートルダム・デュ・ピュイ大聖堂には、この町出身の画家ジャン=オノレ・フラゴナールの作品も残っています。

ユネスコ無形文化遺産に

2018年11月28日、「グラース地方の香水に関するノウハウ」がユネスコの無形文化遺産の代表一覧に記載されました。対象となったのは、建物や製品ではなく、次の3つの「技」です。

登録された3つの技

  1. 01育てる香料植物の栽培
  2. 02取り出す天然原料の知識と加工
  3. 03組み立てる香りを調合する技術

花を育てる農家、香りを取り出す職人、調香する人。ひとつの香水の裏には、土地に根づいた何世代もの仕事があります。シャネル No.5 の要となるジャスミンとチュベローズのオイルが、グラースの上手、シアーニュ川の谷の畑から調達されてきたこともよく知られています(近代香水の誕生)。

グラースの年表

  1. 12世紀

    運河のまわりで革なめしが発達

  2. 16世紀

    香り付き手袋が流行。ジャスミンが伝わる

  3. 1614

    「手袋香水商」の組合が認められる

  4. 1747

    ガリマール創業

  5. 1860

    シアーニュ川から灌漑用運河

  6. 1946

    第1回ジャスミン祭り

  7. 2018

    ユネスコ無形文化遺産に記載

まとめ

  • グラースは革なめしの町から、香り付き手袋をきっかけに香水の町へ
  • 1614年に手袋香水商の組合、1747年にガリマール創業
  • 2018年、栽培・加工・調香の3つの技がユネスコ無形文化遺産に
出典(4)
確認日 2026.10.22。年代や数字には諸説あるものもあります。