グラースのジャスミン 夜明けの摘み取りとアンフルラージュ
南フランス・グラースのジャスミンは、香水の世界でいまも特別な響きを持っています。けれど、その花は熱に弱く、蒸留すると香りが壊れてしまいます。人々はどうやってこの繊細な香りを瓶に閉じこめてきたのでしょうか。
2026.10.22 · 4分で読めます

スペインジャスミン
グラースで育てられてきたのはジャスミン・グランディフロラム(Jasminum grandiflorum)。スパニッシュ・ジャスミン、ロイヤル・ジャスミン、カタロニアン・ジャスミンなどとも呼ばれます。原産地は南アジアやアラビア半島、東アフリカなど。高さ2〜4mの落葉性の低木で、grandiflorum はラテン語で「大きな花」を意味します。
ヨーロッパの香水にこのジャスミンが取り入れられたのは16世紀。グラースには、同じころムーア人によってもたらされたといわれます(香水の都グラース)。
その香りの成分を調べた例では、酢酸ベンジルが23.7%、安息香酸ベンジルが20.7%、フィトールが10.9%、リナロールが8.2%、さらにオイゲノールなどが続きます。これらが合わさって、あのジャスミンらしい香りになります。酢酸ベンジルは、ジャスミンの花のほか、洋梨やりんごにも含まれる成分です。
中でも量の多い酢酸ベンジルは、ジャスミンのほか、イランイランやネロリの精油にも含まれる成分で、甘く、花のようで、フルーティーな、まさにジャスミンを思わせる香りを持ちます。もうひとつ、ジャスミンの香りに欠かせないのがジャスモン。ジャスミンの花の油の揮発しやすい部分に含まれ、香水では少量を加えるだけで、花の香りの自然さが増すとされます。天然のジャスモンはシス型だけですが、合成品はシス型とトランス型の混合物が多いそうです。
夜明けに摘む理由
ほんの数十年前まで、グラースのジャスミンの収穫は手間のかかる仕事でした。花は、香りがもっとも豊かになる夜明けに手で摘まれ、すぐに冷たいアンフルラージュにかけられていたのです。日が高くなる前、香りがいちばん豊かなうちに花を集める。摘んだ花を待たせずに処理する。どちらも、熱と時間に弱いジャスミンの香りを守るための工夫です。
ジャスミンやチュベローズのような繊細な花は、水蒸気蒸留の高い温度では香りが壊れたり変わったりしてしまいます。そこで生まれたのが、熱を使わずに香りを取り出すアンフルラージュ(冷浸法)でした。
花の香りを脂に移す
アンフルラージュは、17〜18世紀のグラースで香水づくりが発達するなかで確立した方法です。においのない脂が香りを吸い込む性質を利用します。
冷たいアンフルラージュ
- 01脂を塗る「シャシ」と呼ばれる枠付きのガラス板に、豚脂や牛脂を薄く塗って固める
- 02花を並べる花びらや花を脂の上に並べ、1〜3日かけて香りを移す
- 03取り替えるしおれた花を除き、新しい花に替える。これを何度も繰り返す
- 04ポマード香りをたっぷり吸った脂は「ポマード」と呼ばれる
- 05アブソリュートポマードをアルコールで洗い、アルコールを飛ばして香りのエッセンスを得る
とても手間がかかり、効率も悪い方法ですが、長いあいだジャスミンやチュベローズの香りを取り出す唯一の方法でした。いまでは、ヘキサンなどの溶剤で花から「コンクリート」を取り出し、それをエタノールで洗ってアブソリュートにする溶剤抽出や、超臨界の二酸化炭素を使う抽出に置き換わっています。アンフルラージュは、ほとんど過去の技になりました。
ジャスミンの香りの取り出し方
| 方法 | しくみ | できるもの |
|---|---|---|
| アンフルラージュ | 脂に香りを吸わせる(熱を使わない) | ポマード → アブソリュート |
| 溶剤抽出 | ヘキサンなどで香りとロウを溶かし出す | コンクリート → アブソリュート |
| CO2抽出 | 超臨界の二酸化炭素で取り出す | エキストラクト |
グラースの畑と、ナイルの村
グラースのジャスミンの収穫量は、いまでは年に27トン。ディオールやシャネルのような大きなブランドは、グラースの近くにバラやジャスミンの自社農園を持っています。毎年8月のはじめには「ジャスミン祭り(ラ・ジャスミナード)」が開かれ、町はジャスミンの花輪で飾られます。第1回は1946年8月3〜4日でした。
一方、世界の香水産業が使うジャスミンの多くを育てているのは、エジプトのシュブラ・ベルーラという村だとされます。インドもまた大きな産地です。グラースのジャスミンは、量よりも、土地と技の物語を背負った素材になりました。
ジャスミンの研究は、合成香料の歴史も動かしました。フィルメニッヒの化学者エドゥアール・ドゥモールは、1957〜62年にジャスミン・アブソリュートに0.8%ほど含まれる成分を突きとめ、合成します。これがギリシア語の「喜び」にちなんで名づけられたヘディオンです。1966年、エドモン・ルドニツカがディオールの「オー ソバージュ」にヘディオンを使い、香水に透明感と広がりをもたらす流れが始まりました(イソ・イー・スーパーと現代の合成香料)。
グラースのジャスミンと技
16世紀
ジャスミンがヨーロッパの香水に、グラースへ
17〜18世紀
グラースでアンフルラージュが確立
1946
第1回グラースのジャスミン祭り
1957〜62
ジャスミンの成分からヘディオンを合成
1966
オー ソバージュがヘディオンを使用
ジャスミンを名前に掲げる香水
まとめ
- グラースのジャスミンはグランディフロラム。16世紀に伝わった
- 熱に弱い花の香りを、脂に移すアンフルラージュで取り出した
- いまは溶剤抽出や CO2 抽出。世界の多くはエジプト産
- ジャスミンの研究から合成香料ヘディオンが生まれた






