桜餅の葉と高級香水は同じ香り成分?「クマリン」と杏仁豆腐・バニラエッセンスの意外な関係
桜餅を包む塩漬けの葉。杏仁豆腐のやさしい香り。ケーキに数滴落とすバニラエッセンス。おなじみのお菓子の香りをたどっていくと、ゲランやウビガンの名香にたどり着きます。台所と香水瓶は、同じ分子でつながっているのです。
2026.10.23 · 6分で読めます

桜餅の葉の香りの正体は「クマリン」 生の葉が匂わない理由
桜餅を包む葉や、お祝いの席で出される桜湯。あの甘く懐かしい香りのもとは、クマリンという成分です。クマリンは無色の結晶で、バニラに似た芳香を持っています。桜の葉のほか、シナモンやトンカ豆などにも含まれています。
面白いのは、木に生えている生きた葉は、それほど香らないことです。生きている葉の中では、クマリンのもとになる物質が糖と結びついた形(配糖体)で、細胞の中の「液胞」という袋にしまわれています。ところが葉を塩漬けにすると、細胞が死んで、液胞の中の配糖体と液胞の外にある酵素が出会います。こうして糖が切り離され、あの香りが生まれるのです。
桜餅には、天然のオオシマザクラの葉を塩漬けにしたものが使われます。香りが「つくられる」点では、何年も寝かせてはじめて香るアイリスの根と少し似ています。桜の香水が桜の花そのものより、どこか桜餅を思わせることがあるのも、この香りの記憶と関係しているのかもしれません。
刈りたての干し草とトンカ豆も同じ分子 クマリンが香水を変えた1882年
クマリンは英語で「刈りたての干し草(new-mown hay)」の香りとも表されます。牧草を刈って干したときの、甘く香ばしいあの匂いです。日本人が桜餅を思い出す香りを、ヨーロッパの人は干し草で思い出す。同じ分子でも、思い浮かぶ景色は文化によって違います。
クマリンが初めて取り出されたのは1820年、南米のトンカ豆からでした。1868年には英国の化学者ウィリアム・ヘンリー・パーキンが合成に成功します。そして1882年、ウビガンの調香師ポール・パルケが、合成したばかりのクマリンを使ってフジェール・ロワイヤルを発表しました。
ラベンダー、オークモス、クマリンを組み合わせたこの香りは、「フゼア(フジェール)」というひとつの系統の名前になり、いまも多くのメンズ香水がその流れをくんでいます。トンカ豆とクマリンの歴史はトンカ豆とクマリンの話でもくわしく紹介しています。
なお、クマリンは米国では1954年から食品添加物として禁止されており、EU でも食品に含めてよい量に上限があります。お菓子の香りを語るときに名前が出ても、香料として扱われ方は食品と香水とで異なります。
杏仁豆腐とアーモンド・チェリーの香りは「ベンズアルデヒド」 桜餅とは別の分子
桜餅の香りを「杏仁豆腐に似ている」と感じる人もいるかもしれません。けれど、杏仁豆腐の香りの主役は別の分子、ベンズアルデヒドです。ベンズアルデヒドは、ビターアーモンドやチェリーに似た特徴的な香りを持ち、チェリー味の炭酸飲料の香りづけにもよく使われています。
自然界では、アーモンドや杏(アンズ)の種、リンゴやチェリーの種に含まれるアミグダリンという成分が、酵素で分解されてできます。1803年、フランスの薬剤師マルトレスがビターアーモンドのアミグダリンを調べるなかで初めて取り出し、1832年にはヴェーラーとリービッヒが合成しました。いまでは合成のベンズアルデヒドが、焼き菓子などに使う人工のアーモンドエッセンスの香りのもとになっています。
本来の杏仁豆腐は、杏の種の中身(杏仁)を砕いてすりつぶし、しぼった白い汁を固めてつくります。一方、日本でなじみ深い手軽なつくり方では、アーモンドエッセンスなどで香りをつけることが多いとされます。日本のデザートの「杏仁の香り」は、実はアーモンドエッセンスの香りであることも多いのです。
バニラエッセンスの香りは本物のバニラ?「バニリン」と3倍強い「エチルバニリン」
バニラの香りの中心はバニリンです。キュアリング(発酵・乾燥)したバニラのさやには、乾燥重量でおよそ2%のバニリンが含まれています。1858年、フランスのゴブレーがバニラの抽出液から比較的純粋なバニリンを初めて取り出し、1874年にはドイツのティーマンとハールマンが構造を明らかにすると同時に、合成する方法も見つけました。
いま世の中のバニリンの多くは、合成されたものです。2001年の時点で、バニリンの需要は年1万2,000トン。そのうち天然のバニラ由来は1,800トンほどでした。私たちが「バニラの香り」として親しんでいるものの大半は、バニラの畑ではなく、化学の工場から来ているのです。バニラの産地と手受粉の物語はバニラの話へ。
バニリンの親戚にエチルバニリンがあります。値段は高めですが香りが強く、食品の香料としてはバニリンのおよそ3倍の強さがあるとされ、チョコレートづくりにも使われます。甘く、クリーミーで、キャラメルのような香りです。
香水の世界には、エチルバニリンにまつわる有名な逸話があります。ゲランのシャリマーは、ジャック・ゲランがエチルバニリンの瓶をジッキーの瓶に注いだときにその調和が生まれた、と伝えられているのです。ジッキーは1889年にエメ・ゲランが発表した、合成香料を取り入れた最初期の香水のひとつで、いまも作り続けられている香水のなかで世界でもっとも古いものとされています。
クマリン・アーモンド・バニラが香る香水 フゼアからグルマンまで
こうした「お菓子の分子」は、香水の中でさまざまな役を演じます。クマリンはラベンダーやオークモスと組んで、きりっとしたフゼアの骨格になります。トンカやバニラと重なれば、甘くあたたかなアンバー系の土台に。アーモンドやチェリーは、甘さのなかに少しだけ苦みのあるアクセントをくれます。食べ物のような甘い香りの香水が広がっていった歴史は、グルマンの雑学で紹介しています。
桜・アーモンド・トンカ・バニラを感じる香水
オーモンド ジェーンのサクラは、ノートに桜とトンカを並べた一本。プラダのインフュージョン ダマンドはその名のとおり「アーモンドのインフュージョン」、ジョー マローンのジンジャー ビスケットはジンジャーとトンカの組み合わせです。桜餅や杏仁豆腐、焼き菓子の記憶と重ねながら、肌の上で比べてみてください。
まとめ
- 桜餅の葉・桜湯・干し草・トンカ豆の香りは、どれもクマリン
- 生の桜の葉は香りが弱く、塩漬けで細胞が壊れると香りが生まれる
- 杏仁豆腐・アーモンド・チェリーの香りはベンズアルデヒドで、クマリンとは別の分子
- バニラの香りの多くは合成バニリン。エチルバニリンはさらに強い
- 1882年のフジェール・ロワイヤルが、合成クマリンを使ってフゼアの系統を開いた
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出典(10)
- Wikipedia(日本語版)「クマリン」
- Wikipedia(英語版)「Coumarin」
- Wikipedia(英語版)「Fougère」
- Wikipedia(英語版)「Dipteryx odorata(Tonka bean)」
- Wikipedia(英語版)「Benzaldehyde」
- Wikipedia(日本語版)「杏仁豆腐」
- Wikipedia(英語版)「Vanillin」
- Wikipedia(英語版)「Ethylvanillin」
- Wikipedia(英語版)「Shalimar (perfume)」
- Wikipedia(英語版)「Jicky」




