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Column · 素材の話

アルデヒドの話 シャネル N°5 をきらめかせた香料

香水の解説で「アルデヒディック」という言葉を見かけたら、それは香りの一番上で、きらきらと泡立つような輝きのこと。1921年のシャネル N°5 で一躍有名になったアルデヒドは、化学の言葉でありながら、香水の歴史を語るうえで欠かせない香料です。

2026.10.22 · 5分で読めます

アルデヒドって何?

アルデヒドは、化学では特定の形(ホルミル基)を持つ有機化合物の総称です。名前はラテン語の alcohol dehydrogenatum(水素を取り除いたアルコール)から来ています。実は、私たちのよく知る香りのなかにもアルデヒドはたくさんあります。バニラの香りのバニリンも、シナモンの香りのシンナムアルデヒドも、アルデヒドの仲間です。

香水の「アルデヒド」としてよく名前が挙がるのは、炭素が10〜12個ほどまっすぐにつながった脂肪族アルデヒドの仲間です。これらは柑橘の精油にも含まれています。香水のさわやかさ、青さ、柑橘らしさ、ナッツのような香りは、アルデヒドから来ていることが多いのです。

香料の世界では、炭素の数をとって C10、C11、C12 といった呼び名もよく使われます。シャネル N°5 を生んだエルネスト・ボーは、アルデヒドを香りを引き立てる「ブースター」として使いました。ほかの香りと合わせることで、全体を明るく持ち上げる役目を果たすのです。

香水に使われるおもなアルデヒド

香水に使われるおもなアルデヒド
呼び名成分自然界では
C10デカナール柑橘、ソバ、コリアンダーの精油
C11ウンデカナール柑橘の精油
C12ドデカナール(ラウリンアルデヒド)柑橘の精油
MNA2-メチルウンデカナールキンカンの皮の精油

1904年の合成

香水のアルデヒドを語るうえで欠かせないのが、2-メチルウンデカナール(MNA)です。1904年、化学者のジョルジュ・ダルザンが初めて合成しました。このとき使われた方法は、のちに「ダルザン反応」と呼ばれ、いまもさまざまなアルデヒドの合成に使われています。

2-メチルウンデカナールは、自然界ではキンカンの皮の精油に含まれています。その香りは、ハーブのようで、オレンジのようで、アンバーグリスを思わせるとも。うんと薄めると、はちみつやナッツのような味わいになります。香水や石けん、洗剤では、針葉樹、とくにモミの木のような香りを出すのに使われます。

そして何より、この成分は、名だたる香水に使われた最初の合成香料のひとつでもありました。その香水こそ、シャネル N°5 です。

エルネスト・ボーと N°5

N°5 を生んだ調香師エルネスト・ボーは、1881年にモスクワで生まれました。ロシア皇室御用達の香水メゾン、ラレー社で調香を学び、1907年には主任調香師になります。

アルデヒドへの関心は、そのころから芽生えていました。1912年、ウビガンはアルデヒドを使った香水ケルク フルールを発表します。ボーもアルデヒドの実験を重ね、1913年、ロマノフ王朝300年を祝う香水「ブーケ・ド・カトリーヌ」をつくりました。けれど、第一次世界大戦を前にした時代の空気や高い値段もあって、商業的には失敗に終わります。のちに「ラレー N°1」と名前を変えましたが、こちらもうまくいきませんでした。

戦争中、ボーは1917年から1919年にかけて、北極圏に近いアルハンゲリスクで軍務につきました。凍った海、白い雪の大地。その澄みきった景色の香りを、いつか香水に閉じ込めたいと考えたといいます。

1920年の夏の終わり、ボーはカンヌでココ・シャネルに会います。シャネルの前に並んだのは、1〜5番と20〜24番の番号がついた小さなガラス瓶。シャネルが選んだのは、5番目の瓶でした。アルデヒドをそれまでにない量で使った香りです。言い伝えでは、助手が原液を10%に薄めたものと取り違え、たっぷりのアルデヒドを加えてしまったことがきっかけだったともいわれます。こうして1921年5月5日、シャネル N°5が世に出ました。

アルデヒドと香水の年表

  1. 1904

    ダルザンが2-メチルウンデカナールを合成

  2. 1912

    ウビガンのケルク フルール。アルデヒドを使った香水

  3. 1913

    ボーがブーケ・ド・カトリーヌを発表。商業的には失敗

  4. 1917〜1919

    ボーがアルハンゲリスクで軍務に

  5. 1920

    カンヌでシャネルが5番の瓶を選ぶ

  6. 1921

    5月5日、シャネル N°5 発売

  7. 1927

    ランバンのアルページュ誕生

アルデヒディック・フローラル

N°5 の6年後、1927年に生まれたのが、ランバンのアルページュです。調香師アンドレ・フレスとポール・ヴァシェが、ジャンヌ・ランバンのためにつくり、音楽家の娘マリー=ブランシュの30歳の誕生日に贈られました。名前は音楽の「アルペジオ」から。「千の花の香り」と呼ばれ、およそ60種類の花の香料が使われています。

アルページュも N°5 と同じく、アルデヒディック・フローラルと呼ばれる系統の代表です。トップノートにはベルガモット、ネロリ、そしてアルデヒド。ハートにはローズ、ジャスミン、スズラン、イランイランが重なります。1993年には、アンドレの弟ユベール・フレスによって処方が見直されました。

アルデヒドの香りは、花の香りをそのまま再現するためのものではありません。ボーの弟子コンスタンティン・ヴェリギンは、ボーの使ったアルデヒドには北極の清らかな香りがある、と語っています。香水をつけた瞬間、ふっと立ちのぼる明るさや、冷たく澄んだ輝きを感じたら、それはアルデヒドかもしれません。ノートのアルデヒドから、ほかの香水も探してみてください。

まとめ

  • 香水のアルデヒドは、おもに炭素10〜12個の脂肪族アルデヒド
  • 1904年、ダルザンが2-メチルウンデカナールを合成
  • エルネスト・ボーがアルデヒドをたっぷり使い、1921年にシャネル N°5 が誕生
  • N°5 とアルページュは、アルデヒディック・フローラルの代表
出典(8)
確認日 2026.10.22。年代や数字には諸説あるものもあります。