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Column · 香りの産地

ベチバー ハイチとジャワ、土を抱く根の香り

雨上がりの土、湿った木の根、ほのかな煙。ベチバーの香りは、地面の下から立ちのぼってきます。香るのは花でも葉でもなく、まっすぐ地中に伸びる根。その根がいま、ハイチやジャワの畑から世界の香水に届いています。

2026.10.22 · 4分で読めます

掘り出す根

ベチバー(クリソポゴン・ジザニオイデス/Chrysopogon zizanioides)は、イネ科の多年草です。インドが原産で、いまは熱帯の各地で栽培されています。英語の vetiver は、タミル語の ヴェッティヴェール(veṭṭivēr)、「掘り出す根」という意味の言葉から、フランス語の vétyver を経て生まれました。北インドではクス(khus)とも呼ばれます。香水の世界では、古いフランス語のつづり vetyver がいまも使われます。

この草の根は、とても変わっています。多くの草の根は横に広がってマットのようになりますが、ベチバーの根はほとんど真下へ、2〜4mも伸びます。木の根より深いこともあるほどです。そのため、川岸や棚田の土を守る「生きた柵」として、土の流出を防ぐのにも使われてきました。インド西部のコンカン鉄道では、土砂崩れを防ぐために線路の斜面に植えられています。

背丈は150cmほどで、株も同じくらいの幅に広がり、条件がよければ茎は3mに達します。根は最初の1年で3〜4mの深さまで伸びることもあります。水にも強く、秒速5mの流れに耐え、澄んだ水の中なら2か月ほど生き延びるといわれます。土に埋もれても、節から新しい根が伸びてきます。

根が香りになるまで

  1. 01育てる18〜24か月育てた根がもっとも上質とされる
  2. 02掘る機械や手で、地表から20〜25cm下で株を掘り上げる
  3. 03洗って干す根を洗い、乾かす
  4. 04刻んで浸す蒸留の前に刻み、水に浸す
  5. 05蒸留する水蒸気蒸留は最長24時間ほどかかる

できあがる油は、琥珀がかった茶色で、とろりと粘ります。その香りは「深い、甘い、ウッディ、スモーキー、土っぽい、アンバー、バルサム」と表現されます。成分は150以上が見つかっていて、クシモールやベチボンといった、この植物ならではの名前が並びます。パチュリや白檀と同じく、寝かせるほど香りがよくなるのも特徴です。

ハイチ、レユニオン、ジャワ

おもな産地は、ハイチ、インド、インドネシア、レユニオン。世界の生産量は年に約250トンと見積もられています。同じ草でも、育つ土地の気候や土で油の性格は大きく変わります。

インド南部のクッダロールでは、農家が約400ヘクタールの畑で、油を取るためのベチバーを育てています。

産地による香りの違い

産地による香りの違い
産地特徴
レユニオン「ブルボン・ベチバー」と呼ばれ、もっとも上質とされる
ハイチ花のような面があり、レユニオンに次いで評価が高い
ジャワ(インドネシア)よりスモーキー
北インド野生のベチバーから「クスの油」がとられる

ハイチでベチバーの加工が始まったのは1940年代。フランス人のリュシアン・ガノが持ち込みました。1958年にはフランク・レジェが、父の酒の蒸留所の敷地に工場をつくります。1984年に工場を継いだ息子のピエール・レジェは、1トンの根を処理できる蒸留器を44基まで増やし、生産量を10年で年20トンから60トンへ伸ばしました。こうして、ハイチの工場は世界最大の生産者になったといわれます。

ベチバーのおもな産地

ハイチレユニオンジャワインド大西洋インド洋
  • ハイチ 花のような香り
  • レユニオン ブルボン・ベチバー
  • ジャワ スモーキーな香り
  • インド 原産地。クス
略図・陸地: Natural Earth / 地点は目安です。

インドの夏とクス

インドでは、ベチバーは香水になる前から、暮らしを涼しくする草でした。根を編んで縄で束ねたすだれを戸口に下げ、ときどき水をかけて湿らせておくと、通り抜ける風が冷えて、ほのかに香ります。暑い夏には、素焼きの水がめにベチバーの根の袋を入れて、飲み水に香りをつけることもあります。

根から煮出した濃い緑色のエッセンスに砂糖と水、クエン酸を加えた「クス・シロップ」は、ミルクセーキやラッシーの香りづけにも使われます。フィリピンやインドでは、根を編んだ香る扇も作られてきました。インドネシアでは、根で香りのよいござが編まれます。

インドの伝統的な香油アタールの世界でも、クスは夏の「涼しい」香りの代表です(カナウジのアタール)。

香水の土台として

ベチバーは、香りを長く留める定着剤としてすぐれていて、西洋の香水の90%に含まれるともいわれます。とくに男性向けの香水でよく使われ、代表的な例として、ディオールの「オー ソバージュ」、ゲランの「ベチバー」、ラリックの「アンクル ノワール」などが挙げられます。

ほかにも、オーモンド ジェーンの「ジザン」のように、ベチバーの学名から名前を取ったとみられる香水もあります。ハイチでは、レジェ家の工場と並んで、ブーカール家の工場も大きな生産者として知られています。

土や木の香りが好きなら、アース(土)やパチュリ、シダーウッドのノートもあわせて嗅いでみてください。土の香りを身にまとうという、ちょっと不思議でいて心が落ち着く体験は、この根から始まります。

まとめ

  • ベチバーはイネ科の草の根。名前はタミル語の「掘り出す根」
  • 根は真下へ2〜4m。土を守る植物でもある
  • レユニオン、ハイチ、ジャワで香りの性格が違う
  • 西洋の香水の90%に含まれるともいわれる定着剤
出典(2)
確認日 2026.10.22。年代や数字には諸説あるものもあります。