カナウジのアタール インドの香水の都と、雨の香り
アルコールを使わず、油に香りを溶かした香水、アタール。その一大産地が、北インドの町カナウジです。「カナウジとインドの関係は、グラースとフランスの関係と同じ」と言われるほど、香りの町として知られています。
2026.10.22 · 4分で読めます

香水の都
カナウジは、ウッタル・プラデーシュ州にある古い町です。7世紀にはヴァルダナ朝のハルシャ王(在位606〜647年)が都を置き、北インド最大の都市になりました。この時代にインドを訪れた中国の僧・玄奘は、多くの僧院がある大きく豊かな町としてカナウジを記しています。
いまのカナウジには200を超える香料の蒸留所があり、香水、たばこ、ローズウォーターの市場町でもあります。「インドの香水の都」と呼ばれ、ある専門家は「カナウジは何千年も前から、この国の香水の町だった」と語ります。何千人もの住民が、直接・間接にアタールづくりに関わっています。
カナウジのアタールは、ムガル帝国の時代からとくに盛んになりました。2014年には「カナウジ・パフューム(カナウジ・イッタル)」として地理的表示(GI)の登録を受け、その伝統と本物らしさが守られています。現在、約20の会社が北米、ヨーロッパ、中東、中央アジア、オセアニアへと輸出しています。
カナウジと北インドの香りの町
- カナウジ 200を超える蒸留所
- ラクナウ アワドの都
- デリー マティア・マハルのアタール市場
銅の釜と竹の管
カナウジのアタールは、デグ・バプカと呼ばれる昔ながらの方法でつくられます。花などの原料を入れて熱する銅の釜が「デグ」、香りを含んだ蒸気を受けとめる容器が「バプカ」。そのあいだを竹の管がつなぎ、継ぎ目は粘土で封じます。この技を受け継ぐ蒸留の名人は「ディガー」と呼ばれます。
デグ・バプカのアタールづくり
- 01デグに入れる銅の釜に花などの原料と水を入れ、粘土で封をして火にかける
- 02竹の管を通る香りを含んだ蒸気が竹の管を通ってバプカへ
- 03白檀油に移すバプカには白檀油(または流動パラフィン)。蒸気が冷えて、香りが油に溶け込む
- 04寝かせる香りに応じて1〜10年熟成させる
小さな一瓶をつくるのに、ふつう15日ほどかかります。バラのアタールは香りが力強く、白檀油のアタールは長く香るといわれます。技は代々受け継がれ、ある職人は「私の家族は3世紀にわたってこの仕事をしていて、息子は30代目です」と語っています。
白檀油を土台にするという点で、アタールは南インドのマイソールの白檀とも深くつながっています。
季節で変わる香り、雨の香り
アタールの面白さは、季節と体で香りを選ぶところにあります。体を温めるとされる「温かい」アタールは冬に、体を冷やすとされる「涼しい」アタールは夏に使われます。
季節のアタール
| 季節 | おもなアタール |
|---|---|
| 夏(涼しい) | ローズ、ジャスミン、クス(ベチバー)、ケウラ、モグラ |
| 雨季 | ミッティ(土) |
| 冬(温かい) | ムスク、アンバー、ケサル(サフラン)、ヘーナ |
なかでも心ひかれるのが、雨季のためのミッティ・アタールです。ミッティは「土」。焼いた土を白檀油(または流動パラフィン)の上で蒸留してつくり、その香りは、降りはじめの雨が乾いた大地をぬらしたときの、あの土のにおいに似ているといいます。この雨の香りには英語で「ペトリコール」という名前があり、1964年にオーストラリアの研究者イザベル・ベアとリチャード・トーマスが、科学誌『ネイチャー』の論文で名づけました。ギリシア語の「石」と、神々の血管を流れる霊液「イコル」を合わせた言葉です。
ケウラは、タコノキの仲間(パンダヌス・オドリフェル)の花の香り。ジャスミン・サンバックのモグラ、ベチバーのクス、そしてバラ。インドの夏の涼しさは、これらの香りでできています。
ムガルの宮廷とアタール
アタール(イッタル)は、植物などから取った香りを油に溶かした香料です。香りが中東に伝わったとき、ヒンディー・ウルドゥー語の「アタール」「イッタル」という名前で呼ばれるようになったと考えられています。アルコールを使わない香りは、インドとエジプトで3,000年以上前からつくられてきたといわれ、ヒンドゥー教や仏教の文献にも登場します。
ムガル帝国の時代、アクバル帝に仕えたアブル・ファズルは、香炉で焚く香りについて書き残し、白檀やシナモンなどの木の皮、ミルラや乳香といった樹脂、ムスクやアンバーのような動物性の香料が使われたことを伝えています。皇帝シャー・ジャハーンはサマーメのアタールを、皇妃ヌール・ジャハーンはバラのアタール「ルーフ・グラブ」を見いだしたと伝えられます。アワドの君主ガーズィー・ウッディーン・ハイダルは、寝室のまわりにアタールの噴水をつくらせ、絶えず香りを漂わせたといいます。
アタールは、カナウジのほか、デリーのマティア・マハルやムンバイのベンディ・バザールでも売られています。一方で、気候変動による開花時期の乱れが、花を原料とする香料づくりに影響を与えはじめています。花の咲く時期が読めなくなると、決まった季節に花を集めることが難しくなるからです。
インドの香りの記憶を名前に掲げる香水
まとめ
- カナウジは「インドのグラース」。200を超える蒸留所がある
- 銅の釜(デグ)と受け器(バプカ)で、花の香りを白檀油に移す
- 夏は涼しい香り、冬は温かい香り。雨季には土の香りミッティ
- 2014年に地理的表示(GI)を取得
この記事に出てくる
出典(5)
- Wikipedia(英語版)「Kannauj Perfume」
- Wikipedia(英語版)「Kannauj」
- Wikipedia(英語版)「Attar」
- Wikipedia(英語版)「Petrichor」
- Natural Earth「Natural Earth(地図の陸地データ・パブリックドメイン)」






