マイソールの白檀 王国の森と、一枚の石けん
白檀の香りには、ミルクのような甘さと、静かな木の温もりがあります。インドでは神々に捧げられ、日本ではお香や扇子でなじみ深い香り。その最高峰とされてきたのが、南インド・マイソールの白檀でした。
2026.10.22 · 4分で読めます

根で隣の木とつながる
白檀(サンタルム・アルバム/Santalum album)は、高さ4〜9mほどの常緑の木です。インドネシア(ジャワや小スンダ列島)、フィリピン、西オーストラリアが原産とされ、古い時代にオーストロネシアの船乗りによって南アジアへ運ばれました。南インドには少なくとも紀元前1300年ごろには根づいていたといわれます。
この木には、少し変わった性質があります。半寄生植物で、自分の根を周りの木の根につなげ、養分を分けてもらいながら育つのです。相手の木を大きく傷めることはなく、いくつもの植物とゆるやかな関係を結びます。ヨーロッパのヤドリギと同じ仲間(ビャクダン科)です。
香るのは、幹の中心の心材だけ。外側の辺材には香りがありません。心材は黄褐色で、硬く、油を含んだ手ざわり。種小名の album(白)は、この心材の色に由来すると説明されます。サンスクリット語ではチャンダナと呼ばれ、「香を焚くための木」を意味し、「輝く」という言葉とも結びついています。
香りのよい心材をとるには、少なくとも15年は木を育てる必要があるとされ、一般に古い木ほど油を多く含みます。
マイソール王国と石けん
20世紀のはじめ、南インドのマイソール王国は、世界有数の白檀の産地でした。その木の多くはヨーロッパへ輸出されていました。ところが第一次世界大戦が始まると、輸出ができなくなり、大量の白檀が行き場を失います。
そこで、王クリシュナラージャ・ワディヤール4世と、ディーワーン(宰相)のM・ヴィシュヴェーシュヴァラヤらが動きます。1916年、バンガロール(いまのベンガルール)に官営の石けん工場がつくられ、白檀油を主な原料にした「マイソール・サンダル・ソープ」が生まれました。同じ年、マイソールには白檀油の蒸留工場もできています。
マイソールの白檀の年表
前1300年ごろ
白檀が南インドに根づく
1916
バンガロールに官営石けん工場。マイソールに白檀油工場
1944
シモガにも白檀油工場
1947
ジボダンが合成サンダルウッドを試みる
2001
カルナータカ州が個人による白檀栽培を認める
この石けんはいまも州営企業 KSDL がつくり続け、商品名は地理的表示(GI)として保護されています。会社のロゴは、ライオンの体と象の頭を持つ伝説の生き物シャラバ。王国の森の香りが、毎日の手洗いの香りになったという物語は、どこか温かく感じられます。
マイソールと白檀の町
- マイソール 白檀油の工場(1916)
- ベンガルール 石けん工場(1916)
- シモガ 白檀油の工場(1944)
- マドゥライ ジャスミンの町
香りのしくみと、減った木
白檀の精油の主成分は、α-サンタロールとβ-サンタロールというセスキテルペンです。サンタルム・アルバムの油はサンタロールの含有量が約90%と高く、オーストラリア白檀(サンタルム・スピカタム)の約39%を大きく上回ります。インドの白檀がいまも高値で取引されるのは、このためです。
おもな白檀
| 種 | 産地 | サンタロール |
|---|---|---|
| サンタルム・アルバム(インド白檀) | インド、インドネシアなど | 約90% |
| サンタルム・スピカタム(オーストラリア白檀) | 西オーストラリア | 約39% |
| サンタルム・オーストロカレドニクム | ニューカレドニア |
その価値の高さが、木を減らしました。採りすぎ、土地利用の変化、火事(白檀は火にとても弱い)、病気。サンタルム・アルバムは国際自然保護連合(IUCN)で「危急種」とされ、インド政府はこの木の輸出を禁じています。大きな木がなくなったため、かつての細工物への利用もほとんど消えました。インドは長く世界の白檀油の生産を支配していましたが、21世紀に入ってその産業は縮小しています。
カルナータカ州では2001年に個人による栽培が認められ、2008年と2022年の改正で、個人が育てた白檀を買い取れる相手が広がりました。北オーストラリアでもインド白檀の大規模な植林が進み、ピーク時には1万3,500ヘクタールを超えましたが、大手の植林会社が2024年に経営破綻するなど、道のりは平坦ではありません。
祈りの香り、香水の香り
白檀は、ヒンドゥー教やアーユルヴェーダで神聖な木とされ、神々への礼拝に使われてきました。ジャイナ教ではサフランと混ぜた白檀のペーストで祖師を拝み、仏教でも白檀はよく使われる香のひとつです。中国、朝鮮半島、日本へは、仏教の広がりとともに伝わりました。日本のお香の世界で白檀が身近なのは、この長い旅の結果です(日本の香りの歴史)。
香水では、サンダルウッドはベースノートの代表です。天然の油が貴重になるにつれ、合成香料が支えるようになりました。1947年、スイスのジボダンがサンタロールの合成を試み、安価な代わりの香料が生まれます。その後もさまざまな合成サンダルウッドが開発され、洗剤や繊維製品にも使われています(近代香水と合成香料)。インドの香油の町カナウジでは、花の香りを白檀油に移してアタールをつくります(カナウジのアタール)。
サンダルウッドを名前に掲げる香水
まとめ
- 白檀は半寄生の木。香るのは心材だけ
- 第一次世界大戦で輸出できなくなった木が、マイソール・サンダル・ソープに
- インド白檀はサンタロール約90%。いまは危急種で、輸出は禁止
- 合成サンダルウッドやオーストラリアの植林が香りを支える
この記事に出てくる
出典(4)
- Wikipedia(英語版)「Santalum album」
- Wikipedia(英語版)「Sandalwood」
- Wikipedia(英語版)「Mysore Sandal Soap」
- Natural Earth「Natural Earth(地図の陸地データ・パブリックドメイン)」








