日本の香り史 淡路島の香木から香道、そして香水へ
日本の香りの文化は、肌にまとう香水よりも先に、香木を「聞く」文化として育ちました。海を渡ってきた一片の木から始まり、貴族の遊び、武家の芸道を経て、明治には西洋の香水がやってきます。
2026.10.22 · 4分で読めます

淡路島に流れ着いた木
『日本書紀』には、推古天皇3年(595年)、淡路島に香木が流れ着いたという記事があります。島の人が流木を火にくべたところよい香りがしたので、その木を朝廷に献上した、という話です。これが日本の記録に残る沈香のはじまりとされています。
1992年には、この記事にちなんで4月18日が「お香の日」と定められました(全国薫物線香組合協議会)。香木が流れ着いた4月と、「香」の字を分解した「一十八日」を合わせた日付です。
沈香は、ジンチョウゲ科ジンコウジュ属(アクイラリア)の木が、菌などに感染したときの防御反応として樹脂をため込んだものです。もとはごく軽い木が、樹脂の沈着で水に沈むほど重くなることから「沈香」と呼ばれます。中東で「ウード」と呼ばれる香料と同じものです(詳しくはウード(沈香)の話で)。
正倉院の蘭奢待
奈良の正倉院には、蘭奢待(らんじゃたい)と呼ばれる香木が納められています。宝物目録での名は「黄熟香」。長さ156cm、重さ11.6kgもある大きな沈香で、「天下第一の名香」とうたわれてきました。「蘭・奢・待」の各字の中に「東・大・寺」が隠されている雅な名前でも知られます。
日本に入ってきたのは鎌倉時代以前と見られ、その後、時の権力者たちがこれを切り取りました。足利義政、織田信長、明治天皇の3人については、切り取った跡に付箋がつけられています。香りが権威の象徴でもあったことがよくわかる話です。
平安の薫物合せ
平安時代の貴族は、香木や香料を粉にして練り合わせた薫物(たきもの)を、衣に焚きしめたり部屋にくゆらせたりして楽しみました。それぞれが調合した薫物を持ち寄り、優劣を競う薫物合せも行われています。
自分だけの香りを調合し、衣にまとい、人と比べる。いまの言葉でいえば、まさに「シグネチャーフレグランス」の文化です。
室町に生まれた香道
室町時代になると、香木の香りを味わう作法が香道として形を整えていきます。公家の三条西実隆を祖とする御家流、武家の志野宗信を祖とする志野流が、二つの大きな流れです。
香道では、香りを「嗅ぐ」ではなく「聞く」と言います。香木は産地や性質によって「六国(りっこく)」に分けられ、香りの味わいは甘・酸・辛・鹹・苦の「五味」で表されました。いまの香水でいう系統分類や香調の表現に通じる、香りを言葉にする仕組みです。
六国とは、伽羅(きゃら)・羅国(らこく)・真那賀(まなか)・真南蛮(まなばん)・寸門陀羅(すもんだら)・佐曽羅(さそら)の6つ。香木に含まれる樹脂の質と量の違いによる分け方です。室町幕府の8代将軍・足利義政の命を受けた志野宗信は、将軍家などが所持していた名香を六国五味で鑑定し、選りすぐりの「六十一種名香」を定めました。
香道では、線香のように香木に直接火をつけることはしません。香炉に灰と火のついた炭団を入れ、灰の上に「銀葉(ぎんよう)」と呼ばれる雲母の薄い板をのせ、その上で数ミリ角に切った香木を温めます。銀葉の置き方で熱の伝わり方を調え、香りの立ち方を加減するのです。香炉を手に載せ、もう一方の手で覆うようにして、静かに香りを聞きます。
複数の香を聞き分ける遊びは組香と呼ばれ、なかでも有名な源氏香では、5つの香の組み合わせを52通りの図で表し、それぞれに『源氏物語』の巻の名をあてました。和菓子や着物の柄で見かける「源氏香図」は、ここから来ています。
源氏香の成立は江戸時代の享保のころと考えられています。5種の香木を5包ずつ、計25包を混ぜ、その中から選んだ5包を順に焚き、同じ香りだと思ったものを線で結んで答えます。答えの図は『源氏物語』五十四帖のうち、最初の「桐壺」と最後の「夢浮橋」を除く五十二帖にあてられています。全問正解すると、記録紙に「玉」と書かれるそうです。
江戸時代のはじめ、徳川家康が進めた朱印船貿易の大きな目的は、最上の沈香である伽羅(きゃら)の入手だったといわれます。また、香の効能を十か条にまとめた「香十徳」も広く知られています。
西洋の香水がやってくる
では、アルコールの香水が日本に入ってきたのはいつでしょうか。高柳美香氏の論文「日本における香水の歴史」(2019年)は、香水の渡来について「戦国時代であるとも言われている」と紹介しています。一方で確かな記録としては、「明治時代の初期にはすでに一般に販売されていたことが確認されている」とされています。
香木を「聞く」文化と、香水を「まとう」文化。日本ではこの二つが、時代を少しずらしながら重なり合ってきました。いまウード(沈香)の香水が人気を集めているのは、千年以上前から続く沈香への憧れと無関係ではないのかもしれません。
日本の香りの年表
595
淡路島に香木が流れ着く(『日本書紀』)
平安時代
貴族が薫物を調合し、薫物合せで競う
室町時代
香道が成立。御家流(三条西実隆)・志野流(志野宗信)
江戸初期
朱印船貿易で伽羅を求める
明治初期
香水が一般に販売されていたことが確認される
この記事に出てくる
出典(6)
- Wikipedia(日本語版)「香道」
- Wikipedia(日本語版)「沈香」
- Wikipedia(日本語版)「蘭奢待」
- Wikipedia(英語版)「Agarwood」
- 高柳美香「日本における香水の歴史―渡来から輸入、そして国産化へ―(名古屋外国語大学論集 第4号, 2019)」
- Wikipedia(日本語版)「香水」





