香りは煙から始まった 古代の香料と香油の話
香水の歴史をさかのぼると、たどり着くのは瓶でもアルコールでもなく「煙」です。祈りの場で焚かれた樹脂や木、肌に塗られた香りの油。古代の人々がどんなふうに香りと付き合っていたのかを、残された記録から見ていきます。
2026.10.22 · 5分で読めます

「煙を通して」という言葉
英語の perfume(フランス語の parfum)は、ラテン語の per fumum、「煙を通して」に由来するといわれます。香りを楽しむいちばん古いかたちは、樹脂や香木を火にくべ、立ちのぼる煙で場を満たすことでした。いまでもインセンス(乳香)やミルラ(没薬)のノートが「神聖」「儀式的」と表現されるのは、この記憶の名残かもしれません。
ブリタニカ百科事典は、香料を使っていた古代の人々として、中国、インド、エジプト、イスラエル、カルタゴ、アラビア、ギリシア、ローマの名を挙げています。香りは特定の地域だけの文化ではなく、文明のあるところには必ずといっていいほど寄り添っていました。
ただし、当時の香りはいま私たちが思い浮かべる「香水」とは姿が違います。アルコールに香料を溶かした香水が広まるのは、蒸留の技術がイスラム世界からヨーロッパへ伝わったあと。それ以前の香りは、油に香りを移した香油や、脂に練り込んだ香膏として肌や髪に使われていました。
粘土板に名を残した調香師
記録に残る最古の「化学者」のひとりとして知られるのが、メソポタミアの女性タップーティです。紀元前1200年ごろの楔形文字の粘土板に、香料をつくる人として名前が記されています。宮廷で香りを扱う専門職がいたこと、そしてその仕事が文字に残すほど大切にされていたことがうかがえます。
調香師という職業は、近代のパリで生まれたものではありません。三千年以上前にも、素材を選び、組み合わせ、香りを仕立てる人がいたのです。
キプロス島の香料工房
地中海東部のキプロス島では、2004年から2005年にかけての発掘で、およそ4,000年前、青銅器時代の香料工房の跡が見つかりました。文献だけでなく、香りづくりの「現場」そのものが土の中から現れたことになります。
香りは目に見えず、時間がたてば消えてしまうもの。それでも道具や器、場所は残ります。考古学は、そうした手がかりから失われた香りの営みを少しずつ復元しています。
旧約聖書の『出エジプト記』にも、聖なる香油の処方が出てきます。材料は液状の没薬(ミルラ)、香りのよいシナモン、香りのよい葦、カシア。この香油は祭司だけが使うことを許されていました。香りが神聖なものと強く結びついていたことがわかります。
神殿の壁に刻まれた香「キフィ」
古代エジプトで焚かれた香として有名なのがキフィ(Kyphi)です。上エジプトのエドフ神殿とフィラエ神殿の壁には、その処方が刻まれていて、どちらも16種類の材料を使うと記されています。
一方、ギリシアの医師ディオスコリデスが書き残したキフィの処方では、材料は10種類。蜂蜜、ワイン、干しぶどう、そしてミルラ(没薬)などが並びます。同じ名前の香でも、時代や書き手によって中身が違っていたことがわかります。甘いもの、酒、樹脂を合わせるという発想は、いまのグルマンやアンバー系の香水にどこか通じるところがあります。
ガレノスの記録によれば、キフィは材料を順に混ぜて煮詰め、丸めて球にし、熱した炭の上に置いて香りの煙を立てました。肝臓や肺の病の薬として飲まれることもあったといいます。香りと薬の境目が、いまよりずっとあいまいだった時代です。7世紀の医師アイギナのパウロスは、28種の材料による「月の」キフィと、36種の材料による「太陽の」キフィを書き残しています。
古代の香りの舞台
- メソポタミア タップーティの名が残る粘土板(前1200年ごろ)
- キプロス 青銅器時代の香料工房(約4,000年前)
- エドフ 神殿の壁にキフィの処方
- フィラエ 神殿の壁にキフィの処方
- ギリシア テオプラストス『匂いについて』
- ローマ 大プリニウスも香料を記録
ギリシア・ローマの香りの記録
古代ギリシアでは、アリストテレスの弟子テオプラストスが『匂いについて(On Odours)』という論考を残しました。香料の材料や香油のつくり方を論じた、香りを「観察の対象」として扱った早い例です。
ローマ時代には、大プリニウスが『博物誌』の中で香料について記しています。香りは贅沢品であり、薬であり、宗教儀式の道具でもありました。
テオプラストスの記録からは、当時の香油のつくり方もうかがえます。香りの「運び手」になるのはアルコールではなく油。ほかの香りを邪魔しないよう、できるだけにおいの少ない油が選ばれました。エジプトやシリアのバラノス油や、まだ熟していないオリーブからしぼった油などです。材料を油の中で弱火にかけてゆっくり溶かし、沈んだかすを漉して仕上げました。液体だけでなく、軟膏や固形、粉の形の香りもありました。
人気のあった香りに、調香師メガロスの名を取ったメガレイオンがあります。焼いた樹脂に没薬、カシア、シナモンを合わせたもので、紀元前3世紀ごろに生まれたと考えられています。シナモンやカシアは地元では育たない輸入品で、プリニウスは「シナモンの香膏の値段はとてつもない」と書き残しました。花ではバラがよく使われ、プリニウスはバラを「どこにでも咲く花」と記しています。
古代の香りの年表
約4,000年前
キプロス島に香料工房(2004〜05年に発掘)
前1200年ごろ
メソポタミアの粘土板に調香師タップーティの名
前4〜前3世紀
テオプラストスが『匂いについて』を著す
1世紀
ディオスコリデスがキフィの処方を記録。大プリニウスの『博物誌』
古代の香りは、いまの香水にも
古代の香りの主役だった樹脂や香木は、形を変えていまの香水にも生きています。教会の香を思わせるインセンス、甘く苦いミルラ、琥珀色の樹脂ラブダナム、そしてサンダルウッド。ノートの一覧でこうした名前を見かけたら、それは数千年続く香りの系譜の一部です。
まとめ
- perfume の語源は per fumum(煙を通して)といわれる
- アルコールの香水以前、香りは香油・香膏として使われた
- エドフ・フィラエの神殿にはキフィの処方が刻まれている(16種類の材料)
この先の歴史は、蒸留の技術が香りを「液体」に変えた話へと続きます。続きは蒸留器が香りを変えたへ。
この記事に出てくる
出典(5)
- Encyclopaedia Britannica「perfume」
- Wikipedia(英語版)「History of perfume」
- Wikipedia(英語版)「Kyphi」
- Wikipedia(日本語版)「香水」
- Natural Earth「Natural Earth(地図の陸地データ・パブリックドメイン)」


