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Column · 香りの産地

タイフのバラ アラビアの山に咲く30枚の花びら

砂漠のイメージが強いアラビア半島に、バラの町があります。サウジアラビア西部、聖地メッカから山を登った高原の町タイフ。春になると、小さなピンクのバラが山の畑に咲き、早朝の摘み取りが始まります。

2026.10.22 · 4分で読めます

山の上の「バラの町」

タイフは、メッカ州にある人口約56万人(2022年)の都市です。ヒジャーズ山地の斜面、標高1,879mに位置し、周りの山々は2,000〜3,500mに達します。アラビア半島のほかの地域が厳しい暑さに包まれる夏でも、ここは穏やかな気候に恵まれ、サウジアラビアの「非公式の夏の首都」とも呼ばれてきました。

昔からタイフの経済は、農業とバラの栽培に支えられてきました。そのバラは中央アジアやトランスオクシアナまで取引されたといいます。ぶどう、ざくろ、いちじく、はちみつと並ぶ名産で、伝統的なアタール(香油)づくりも盛ん。地元では「マディーナト・アル・ウルード(バラの町)」と呼ばれています。

町の北40kmには、イスラム以前のアラビアでもっとも名高い市場「ウカーズの市」の跡があり、詩の競演が行われたことで知られます。香りと言葉が行き交う、交易の町でもあったのです。

タイフとその周辺

タイフアル・ハダアッ・シャファメッカジッダ紅海
  • タイフ 標高1,879m。バラの町
  • アル・ハダ バラの畑の中心
  • アッ・シャファ 標高2,200〜2,500mの村
略図・陸地: Natural Earth / 地点は目安です。

30枚の花びら

タイフのバラは、ブルガリアやトルコと同じダマスクローズ(Rosa × damascena)です。ダマスクローズは、ロサ・ガリカとロサ・モスカータなどから生まれた交配種で、地域によって「ブルガリアンローズ」「イスパハンローズ」、そして「タイフローズ」とも呼ばれます。

タイフで有名なのは、30枚の花びらを持つダマスクローズ(Rosa damascena trigintipetala)です。小さく香り高いピンクの花で、その香りは「力強く、スパイシーで、めまいがするほど複雑」と表現されます。蒸留されたバラの油は、中東では伝統的に、どちらかといえば男性の香りとしてアタールに使われてきました。

ダマスクローズには、産地の名を冠した呼び名がたくさんあります。ブルガリアン・ローズ、イスパハン・ローズ、イスパルタ・ローズ、カスティーリャ・ローズ、エミラティ・ローズ、そしてタイフ・ローズ。同じバラがそれぞれの土地で愛され、その土地の名前で呼ばれてきたのです。サウジアラビア産のものは、いまも「タイフ・ローズ」の名で売られています。

バラを水蒸気で蒸留してローズウォーターをつくる技術は、中世のイスラム世界で、アラブとペルシアの化学者たちが磨き上げたものです。ダマスクローズの香りをローズウォーターに閉じ込める方法は、古くは中東で、のちにインド亜大陸へと伝わりました。中東やインドの料理では、ローズウォーターが肉料理に振りかけられたり、デザートの香りづけに使われたりします。

夜明けの摘み取りと、家族の蒸留

ユネスコの記載によると、タイフのバラの一年はこう進みます。12月から2月にかけて、畑に肥料をやり、水をまき、枝を剪定し、挿し木で新しい株を植えます。3月に収穫が始まり、35〜45日続きます。花は早朝に摘まれ、市場で売られるか、家で蒸留されます。

タイフのバラの一年

  1. 0112〜2月肥料、水やり、剪定、挿し木
  2. 023月収穫のはじまり
  3. 0335〜45日毎朝、早朝に花を摘む
  4. 04蒸留市場で売るか、家でローズウォーターや油に

できたローズウォーターやローズオイルは、化粧や薬、料理や飲み物にまで使われます。お客さまを迎えるときに花びらをまくという、もてなしの習慣もあります。技は家族の中で受け継がれ、女性たちが大きな役割を担ってきました。

サウジアラビアの国内目録(2021年)によると、この伝統は150年以上続いていて、中心はアル・ハダの山地、そしてムハッラム渓谷やアル・ガディリン渓谷へと広がっています。

こうした「タイフのバラにまつわる文化的慣習」は、2024年にユネスコの人類の無形文化遺産の代表一覧に記載されました。香水の原料としてだけでなく、暮らしと家族の記憶としてのバラが、世界に認められたのです。

タイフのバラ

  1. 150年以上前

    タイフでバラの栽培と蒸留の伝統が始まる

  2. 2021

    サウジアラビアの国内無形文化遺産目録に

  3. 2024

    ユネスコ無形文化遺産の代表一覧に記載

香水の中のタイフローズ

タイフのバラは、オーモンド ジェーン、シャネル、ゲラン、エルメスといった高級ブランドに使われてきたとされます。オーモンド ジェーンの「タイフ」(2004年)は、のちに「モレキュール 01」で知られる調香師ゲザ・ショーンの作品です(イソ・イー・スーパーと現代の合成香料)。

香水のローズには、ブルガリアのみずみずしいバラ、トルコのバラ、そしてタイフのスパイシーなバラと、産地ごとの表情があります。サフランやウードと合わせた中東風のバラの香りを嗅ぐときは、山の上の早朝の畑を思い浮かべてみてください。

まとめ

  • タイフは標高1,879mの高原都市。「バラの町」と呼ばれる
  • 30枚の花びらを持つダマスクローズ。香りはスパイシーで複雑
  • 3月から35〜45日、早朝に摘み、家族で蒸留する
  • 2024年、ユネスコ無形文化遺産の代表一覧に
出典(5)
確認日 2026.10.22。年代や数字には諸説あるものもあります。