香水は脳に良いのか?気分・集中・記憶の研究でわかること
「香りは脳に良い」という話をよく目にします。けれど「脳に良い」とは、気分が上がることなのか、集中できることなのか、記憶力が上がることなのか、それとも認知症を防ぐことなのか。中身によって、研究でわかっている度合いはまったく違います。ひとつずつ分けて見ていきましょう。
2026.10.24 · 7分で読めます

「脳に良い」を5つに分けて考える
香りと脳の研究は、大きく次の5つに分けられます。それぞれ、どこまで確かめられているかが違います。
香りと脳の研究の5つの層
- その場の気分や眠気:香りで変わったという実験はある。ただし期待の影響が大きい
- その場の作業の成績:香りによって上がることも下がることもある
- 長い目で見た記憶力:高齢者で良い結果が出た小規模研究がある。まだ確かとは言えない
- 嗅覚トレーニング:もとは嗅覚を取り戻すための方法。認知への効果は結果が割れている
- 嗅覚の衰えと認知症:関連は確かだが、相関であって「香りで防げる」という意味ではない
最初に断っておくと、今回調べた範囲では、香水を肌につける習慣が脳や認知に良いと示した研究は見つかりませんでした。研究で使われているのは、精油を部屋に広げる方法や、香りの瓶を嗅ぐトレーニングなどです。
気分と眠気:レモンで気分が上がり、ストレスの数値は変わらなかった
結果、レモンは期待の有無にかかわらず気分を良くしました。ところが、ストレスホルモン(唾液のコルチゾール)、免疫の指標、心拍や血圧、痛みの感じ方は、どの香りでも安定した変化がありませんでした。厚生労働省の統合医療情報サイト eJIM も、この研究を「いずれの香りもストレス指標、免疫系の変化に関するバイオマーカー、疼痛コントロールに影響を与えませんでした」と紹介しています。「ラベンダーでリラックス」という通説は、この研究では支持されませんでした。
眠気については、ペパーミント油があると、暗い部屋で過ごす間の眠気の増え方が抑えられたという予備的な研究(2005年)があります。一方、2010年の研究では、ペパーミントやジャスミンで注意力が上がると予想したのに、その効果は出ませんでした。成績と結びついていたのは、香りの種類よりも「その香りを快いと感じたか」「強いと感じたか」という本人の受け止め方でした。
作業の成績:ローズマリーで上がり、ラベンダーで下がった
イギリスのノーサンブリア大学のマーク・モスらは、香りと作業の成績の関係を何度も調べてきました。2003年の研究では144人を3つのグループに分け、ラベンダー、ローズマリー、香りなしの部屋でコンピューターの記憶・注意の検査を受けてもらいました。期待の影響を避けるため、本当の目的は検査が終わるまで伏せています。
ローズマリーの部屋では、記憶の正確さを表す指標が良くなりましたが、思い出す速さは遅くなりました。ラベンダーの部屋では、作業記憶(頭の中に一時的に情報を置いておく力)の成績が下がり、反応も遅くなりました。2008年の同じ方式の研究では、ペパーミントで記憶が良くなり、イランイランで記憶が下がる一方、落ち着いた気分は増えました。リラックスさせる香りが、作業にはマイナスに働くこともあるわけです。
2012年には、ローズマリーの香りの部屋にいた20人の血液を調べ、香りの成分1,8-シネオール(ユーカリプトールとも呼ばれる、ユーカリやローズマリーに多い成分)の濃度が高い人ほど計算などの課題が速く正確だった、という結果も出ています。香りの成分が血液に入り、薬のように働く道筋もありうる、という仮説を支える材料です。ただし相関を見た研究で、香りなしの比較グループは設けられておらず、著者自身も「小さなサンプルを扱うときは慎重であるべき」と書いています。
長い目で見た記憶:夜のディフューザーと嗅覚トレーニング
2023年、カリフォルニア大学アーバイン校の研究グループが、60〜85歳の健康な高齢者を対象にした研究を発表しました。香りのグループは、ローズ、オレンジ、ユーカリ、レモン、ペパーミント、ローズマリー、ラベンダーの精油を、毎晩1種類ずつ、寝るときにディフューザーで2時間広げました。これを6か月続け、ほとんど香りのない水を使ったグループと比べています。
その結果、言葉を覚えるテストの1項目で、香りのグループのほうが成績が良くなりました。論文の要約にある「226%の改善」は、この1項目でのグループ間の差です。ただ、中身を見ると注意が必要です。最後まで分析できたのは2グループ合わせて23人。同じテストのほかの項目や、別の認知検査では差が出ていません。研究資金は香料を使う製品を扱うプロクター・アンド・ギャンブルから出ていて、論文にもそう書かれています。
嗅覚トレーニングという方法もあります。もとは2009年にドイツの研究者が、嗅覚が落ちた患者に、バラ、ユーカリ、レモン、クローブの4つの香りを1日2回、12週間嗅いでもらい、嗅覚の検査の点数が良くなったと報告したものです。目的は嗅覚を取り戻すことで、認知は測っていません。
その後、50〜88歳の68人で、トレーニングをした人の認知の評価が良くなったという研究(2021年)が出ました。一方で、軽度認知障害(認知症の手前とされる状態)の38人を4か月調べた研究(2022年)では、嗅覚にも認知にもはっきりした効果はありませんでした。同じグループの別の研究では、脳の記憶に関わる部分(海馬)の皮質が厚くなったという画像の変化が見られましたが、認知症を防いだという結果ではありません。
嗅覚の衰えと認知症:相関と因果を分ける
「香りと脳」の話でいちばん誤解されやすいのが、ここです。アメリカで57〜85歳の約2,900人を調べた研究(2018年)では、香りを当てるテストの成績が悪かった人は、5年後に認知症と診断されている割合が、年齢や教育などをそろえても2倍あまりでした。8つの研究を合わせたメタ分析(2021年)でも、70〜80歳で嗅覚の衰えがある人は、認知機能が落ちるリスクが約2倍という結果です。
嗅覚の衰えは、死亡のリスクとも結びついています。同じアメリカの調査では、においをまったく感じられない高齢者は、5年以内に亡くなった割合が高く、さまざまな要因をそろえても死亡のオッズは3倍を超えました。11の研究をまとめた2022年の分析でも、嗅覚の衰えは全死亡のリスクの上昇と関連していました。
ただし、これらは相関です。嗅覚の衰えは、体や脳の変化を早めに映す「目印」かもしれない、と研究者は考えています。そこから「だから香りを嗅いで鼻を使えば、認知症を防げる」とつなげるのは、研究の外の話になります。
香りで気分が変わるのは、香りに結びついた経験のせい?
香りの心理学の研究者レイチェル・ハーツは、2009年のレビューで、香りが気分や体や行動に影響するという信頼できる証拠はある、とまとめました。そのうえで、その仕組みは香りの成分が薬のように働くことよりも、学習・連想・期待、つまり「その香りに何を結びつけてきたか」で説明するほうがデータに合う、と述べています。
2008年の別の実験では、同じラベンダーでも「リラックスを助けます」と言われるか「妨げます」と言われるかで、リラックスのしかたが変わりました(寝香水の研究)。ハーツは2016年のレビューで、良い思い出を呼び起こす香りは、気分を明るくし、ストレスの体の指標を下げる「可能性がある」とも書いています(香りと記憶はなぜ結びつく?)。
研究に出てくる香りをまとった香水
スリーのエッセンシャルセンツ R 06 ウィンド テラーは、ユーカリとミントで始まる香り。ユーカリの主成分は、ローズマリーの研究で注目された1,8-シネオールです。どちらも研究で試された香水ではありませんが、香りの効き方は人それぞれ。自分がその香りを快いと感じるか、どんな記憶と結びついているかが、いちばん大事なのかもしれません。
まとめ
- 香りでその場の気分や眠気が変わった実験はある。ただし期待や受け止め方の影響が大きい
- 作業の成績は、ローズマリーで上がりラベンダーで下がるなど、香りと課題で上下両方向に動く
- 夜のディフューザーで高齢者の記憶テストの1項目が良くなった研究は、分析が23人の小規模なもの
- 嗅覚の衰えは認知症や死亡の「目印」として研究されている。香りで防げるという意味ではない
- 香水を肌につける習慣が脳に良いと示した研究は、今回の調査では見つからなかった
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出典(20)
- PubMed「Olfactory influences on mood and autonomic, endocrine, and immune function(Kiecolt-Glaser ほか, Psychoneuroendocrinology 33(3), 2008)」
- 厚生労働省 eJIM「アロマセラピー[各種施術・療法 - 医療者]」
- PubMed「Preliminary investigation of the effect of peppermint oil on an objective measure of daytime sleepiness(Norrish & Dwyer, International Journal of Psychophysiology 55(3), 2005)」
- PubMed「The influence of essential oils on human vigilance(Heuberger & Ilmberger, Natural Product Communications 5(9), 2010)」
- PubMed「Aromas of rosemary and lavender essential oils differentially affect cognition and mood in healthy adults(Moss ほか, International Journal of Neuroscience 113(1), 2003)」
- PubMed「Modulation of cognitive performance and mood by aromas of peppermint and ylang-ylang(Moss ほか, International Journal of Neuroscience 118(1), 2008)」
- PubMed「Plasma 1,8-cineole correlates with cognitive performance following exposure to rosemary essential oil aroma(Moss & Oliver, Therapeutic Advances in Psychopharmacology 2(3), 2012)」
- Wikipedia(英語版)「Eucalyptol(1,8-cineole)」
- PubMed Central「Overnight olfactory enrichment using an odorant diffuser improves memory and modifies the uncinate fasciculus in older adults(Woo ほか, Frontiers in Neuroscience 17, 2023)」
- PubMed「Effects of olfactory training in patients with olfactory loss(Hummel ほか, Laryngoscope 119(3), 2009)」
- PubMed「Beyond olfaction: Beneficial effects of olfactory training extend to aging-related cognitive decline(Oleszkiewicz ほか, Behavioral Neuroscience 135(6), 2021)」
- PubMed「The Effect of Olfactory Training on Olfaction, Cognition, and Brain Function in Patients with Mild Cognitive Impairment(Chen ほか, Journal of Alzheimer's Disease 85(2), 2022)」
- PubMed「Training with Odors Impacts Hippocampal Thickness in Patients with Mild Cognitive Impairment(Haehner ほか, Journal of Alzheimer's Disease 88(2), 2022)」
- PubMed「Olfactory Dysfunction Predicts Subsequent Dementia in Older U.S. Adults(Adams ほか, Journal of the American Geriatrics Society 66(1), 2018)」
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- PubMed「Olfactory dysfunction predicts 5-year mortality in older adults(Pinto ほか, PLoS One 9(10), 2014)」
- PubMed「Association of Olfactory Impairment With All-Cause Mortality: A Systematic Review and Meta-analysis(Pang ほか, JAMA Otolaryngology Head & Neck Surgery 148(5), 2022)」
- PubMed「Aromatherapy facts and fictions: a scientific analysis of olfactory effects on mood, physiology and behavior(Herz, International Journal of Neuroscience 119(2), 2009)」
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